スマホを持ったまま、画面を見ていてください。
手のひらの まんなかに——あなが あきます。
これは医療ではなく、体感を通したセルフケアの試みです。所要は約1分。
画面の動きで気分が悪くなりやすい方はご注意ください。
まず、体験してみてください
説明を読む前に、先に体験するのをおすすめします。
知ってしまうと、起きにくくなることがあるからです。
▶ てのひらの あな を体験する
別のページが開きます/音が出ます
スマホを持ったまま、画面いっぱいでご覧ください
※体験が終わったら、ブラウザの「戻る」でこの記事に戻れます
画面のむこうがわに、手のひらがある
いま、あなたはスマホをどちらかの手で持っています。
親指は画面の手前。4本の指は、反対がわのふちに引っかかっている。
その手のひらは、画面のちょうど裏側にあります。
見えていないのに、たしかに、そこにある。
前作「てのひらの おきゃくさま」では、そこに小さなお客さまが乗りました。
今回は、その手のひら自体が変形します。
あなが あく
まんなかが、すこしずつ、くぼんでいきます。
やがて、ふちに光が当たり——あなが、あきます。
奥に向かって、なにかが吸い込まれていく。
見ているだけなのに、手のひらの中心がすうっと引かれる感じがしませんか。
これは「身体所有感」と「触覚の予測」が同時に働くときに起きます。
脳は、目で見た変形を、そのまま自分の身体に起きたこととして扱いはじめる。
かたちが ゆがむ
後半では、手のひら全体が伸びて、ねじれます。
実際のあなたの手は、なにも変わっていません。
けれど、脳の中にある「手の地図」のほうが歪みます。
私たちが「自分の手の形」だと思っているものは、
骨や皮膚の形ではなく、脳が持っている一枚の地図です。
その地図は、思っているよりずっと簡単に、書き換わります。
なぜ、はっきり描かないのか
この作品の手は、わざと薄く、見えにくく描いてあります。
輪郭線もありません。あるのは、指のあいだの闇と、かすかな起伏だけ。
くっきり描かれた手は、どうしても誰か他人の手になってしまうからです。
肌の色、爪のかたち、大きさ——そのひとつひとつが
「これは自分の手ではない」という判定を生みます。
薄い手には、矛盾する情報がありません。
だから、あなたの脳が足りない部分を補い、そこに自分の手を重ねられる。
補っているのは、あなた自身です。
この体験は、見ているだけのようでいて、半分はあなたがつくっています。
この手のひらは、まだ続きます
「あな」のあとに作った続編も、同じように直接ひらけます。
どれもスマホを持ったまま、画面いっぱいでご覧ください。
順番どおりでなくてかまいません。気になったところから、どうぞ。
1
てのひらの あと
強く吸い込まれて、閉じたあと。なにも起きていない10秒に、なにかが残る
▶
2
てのひらから、あふれる
吸い込むのではなく、まんなかがふくらんで外へあふれ出す(あなの逆)
▶
3
てのひらから、手が出てくる
あなが広がり、その奥から手がやってくる。最後にぴったり重なります
▶
4
てのひらが、破れる
いちど閉じて手が戻ったあと、画面ぜんたいが上下に裂けて開きます
▶
5
てのひらが、まるめられる
画面が新聞紙のようにぐしゃぐしゃに丸められ、ひろげると——もとどおり
▶
6
せかいが、ずれる
画面ごと、ずるっと滑り落ちる。見えている手と感じている手が、別の場所に
▶
7
ゆびが、とんでいく
指が一本ずつ飛んでいって、留守になる。それでも、ひっかかっている感じは残る
▶
4と5では、手のほうは一度も変形していません。
裂けたのも、丸められたのも、手を映している「画面のほう」です。
それでも手のひらに感じが残るとしたら——
あなたの脳は、その画面をすでに自分の身体の一部として扱っていた、ということになります。
もういちど
反対の手で持ち直して、もう一度やってみてください。
利き手とそうでない手で、感じ方が変わることがあります。
▶ てのひらの あな を体験する
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量子認知身体療法 — からだの錯覚ライブラリ

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